路地裏の占い師さん

もう一度会いたい人、食べたいもの、訪ねたい場所・・・、こういったものは誰にあるはずです。そんな中でも詳しい場所や名前など肝心な記憶がポッカリ抜けてしまい、再訪も再会も望めないような思い出がありませんか。

せめてキーワードになるような断片的なものでよい、無性に探し出したくなったりして記憶をほじくり出してみたり、資料があればひっくり返してみたりしたりする、そんな「未解決事件」のような案件が僕にも何件かあるのです。

たとえば博多で訪ねた占い師さんにぜひもう一度お会いしたい、どうしてもお会いしたいわけでもないのですが、せめてお名前や場所だけでも確認したいのですが、どうしてもわかりません。

8年ほど前の話ですその日の朝、僕はカメラを紛失していることに気が付きました、昨夜もカメラをもって外出しパチパチ撮影していたのでどこかで落としてしまったのでしょう。お酒もだいぶ入っていたことでしたし、この地を訪れたのも生まれて初めてでしたので前夜の記憶など、ところどころ夢の中の光景に近いものでした。

フロントに相談するとすぐに落とし物センターのようなところに電話をつないでいただけたのですが、僕は昨夜どこにいて、どこを歩いてどうやってホテルに帰ったのかも説明が出来ませんでした、僕は諦めることにしました。

小さなキャノンのデジカメでした、購入して5~6年くらいでしょうか、どこに行くにも持参した愛着のあるものです、そんなカメラを失っただけでなく、収められたデーターまで失ってしまったことは、まるで思い出まで消されてしまったようでそれは辛いものでした。

博多を離れたのはその日の午後でしたが繁華街で昼食を済ませたしばらく歩いているうちに、路地裏に「占」と書かれた看板に目がとまりました。「占ってもらおうか」ぼくは勇気を出して2階にあったそのお店を訪ねたのです、中に入ると、どこにでもいそうなおばさんが座っておりました。

ぼくは予約もせず突然訪問したことを詫び、旅で訪れたこの地でカメラをなくしてしまったこと、どこをどうほっつき歩いていたのか全然記憶はないこと、愛着のあるカメラなのでぜひ探し出したいのであるが、どうすればよいのかを教えてほしい、僕は静岡県の人間なのでこの地を訪れることはこの先何かもしれない、こんなことを話しました。

おばさん、いや鑑定士様は僕に生年月日や生まれた時間などをお聞きになるのですが、自分の生まれた時間などわかりません。その後面接試験のように何件かの質問を終えるとパソコンにカタカタなにやら入力しプリントされた紙を眺めながらこう言われました。

「心配しなくてもカメラは手元に無事戻ってきます」「この先一週間は問い合わせなど行わずじっとしていなさい」「一週間たったらなにかひらめくはずで素直にそれに従えばよい」とのことでした。

わかったような、わからないような話ですが妙な安心感に満たされました。そしてそれからちょうど一週間後、仕事中でありましたが「博多警察署」に聞いてみよう、とたしかにひらめいたのです。

ダメモトで電話するとなんとタクシーの運転手さんより届けられていました。宅配便で送ってもらい2日後にぶじ手元に戻ってきたわけですが、その占い師さんの名前とか、場所がいくら探してもわからないのです。

ちょうど先ほども急にこのことが浮かんできて福岡市の占い案内などを見たのですがやっぱりわかりません。こうなったらもう一度あの場所に戻り自分の目で確かめてみるしかないような気もします。